起業してちょうど5年経ちました。

本日で、ボーダーフリー株式会社設立からちょうど5年経ちました。

いやー。お世話になってきた方々には、本当に感謝しかないです。

振り返って思うのですが、まぁ本当私は自分の運と人の善意でやってきたなぁと。
割とそう思うのですが、それを口に出して言ったりすると、

「いやいや、ゆーじさんの実力ですよ」とか「人柄ですよ」と言われることが多く。

もちろん自分は、頑張る時は常に頑張って来たと思うし、
そしてお世辞を除いてもきっとその一部は本心で言ってくれてると思うのでとても嬉しいのですが・・・、

なんかそのワードを言うことを強制してしまってるんじゃないか?疑惑が生じてきているので、
「自分はほぼ全て運と人の善意でうまくやってきてる」という表現を変た方がいいんじゃないかなーと考え始めています。笑

せっかくなので、5年間を「ビジネス」という観点から振り返ってみたいと思います。

起業するまで(2016年)

起業するという決心を後押ししてくれた人達が私の周りにたくさんいました。

浜松を離れる時のパーティー。


両親を始めとし、当時お付き合いしていた彼女(今の妻)、ヤマハの元同僚達、幼馴染、そして起業家コミュニティで知り合った数々の諸先輩方。
今でもずっと付き合いのある人達が、なにやら大きな自信をもって押し出してくれました。元同僚達には人生初の胴上げまで。

まさに五里霧中・・・というより、、具体的に何をするか、何を実現したいかすら分かっていなかった状態で起業をする、ということを考えている私に「いいんじゃない?」「私はもう自分の会社辞めてきたよー」「ヒデムラの将来には成功しか感じないw」「オレも3か月前に起業しちゃった」「もう、会社建てちゃいましょ。」「動いて失敗しないことには何も動かない」と言った数々の激励?を受けて、「真っ白闇」に向けてとりあえず一歩を踏み出すことにした、という感じでした。

借金もなく、従って返済計画や事業計画もなく、株ってなんですか?ということを行政書士さんに聞きながら、新しく銀行口座を開くような気持ちで起業しました。

出発の日、バックパックを背負って起業の手続き@ミスド


そして、その日に今の妻と一緒にオーストラリアに行きました。

「とりあえず一年はぶらーっと・・・」

ぐらいの軽い気持ちで、とりあえず起業だけして日本を発ったのですが、その選択は本当に良かったと思っています。

起業一年目(2016年~2017年)

オーストラリアでは本当に素晴らしい人達に恵まれ、めいいっぱい遊び、楽しい想い出ができました。

オーストラリアのフットサルローカルリーグで優勝!(100%仲間のおかげです。笑)


その間、「え!会社立ち上げたんですか!・・・ちなみに、何の事業を?」

・・・ということを聞かれ、その度にヤバい!なんか答えなきゃ!という感じになり、

事業をどうしよう?どうやって稼いでいこう?何のビジネスしよう?ということは常に頭の片隅にあると同時に、


事業を運営していくリーダーとして、どのようなスタンスで、どのような人間に自分はなりたいのだろう?ということを常に考え、またそういったことに関する知識に関して常に吸収するマインドを持たされる環境でした。

他人の褌を借りて人生初のセミナーをしたり、少し英語を教えたりはしていたものの実際ほとんど何も動かなかった一年ですが、この一年で「事業運営リーダー」としてのマインドセットは相当培われたのではないかと思います。

めっちゃ先を行く起業家さんからも、本当に良くしていただいた。。

企業理念もへったくれもありませんでしたが、とりあえず週20時間以上は働かない。とだけ決めておりました。笑
なんだそりゃ、と思う方も多いことと想像しますが、この方針は後々本当に大きな影響をもたらしてくれる方針となります。

起業二年目(2017年~2018年)


日本に帰国し、「英語を教える」ことを本格的に考え始めました。

「あなたのカタチ英会話」の前身の「EBN」


友人や、起業家の先輩に価格付けや営業方法を教わりながら、モニターを募集し、懇親の想いで作った英語コーチング。
このサービスがついに初めて定価で売れた瞬間は、本当に嬉しかった。

これだけの価格で売れるんだ!
仮説が、自信につながった瞬間でした。
帰り道で昇竜拳をやりながら喜んでました。誰にも見つかってないよな?

また、会いたかったいろんな人と会う中、「若い世代についていかんとヤバい」という危機意識が芽生え、とある友人からOB訪問を受ける側になるアプリを教えてもらい、使い始めました。エネルギーも力もある大学生たちとの話し合いは本当に面白く、また自分の大学生以降の軌跡を振り返る良いきっかけとなりました。

そして、大学時代に、私が「海外での活躍」というものに焦がれ、どうやってその足掛かりを探せば良いのか分からなかったことを思い出し、「好きx海外」のコミュニティを作ろうとしてみたりもしました。

好きx海外第四弾。

「アドバイス」を求められるのですが、、、確かに肩書は社長かもしれないが、実態はとある友人の1LDKのアパートに居候。笑


こんな私が、「立派な社会人」として一体何を伝えることができるのだろうか。笑
(なんだかんだで二カ月ぐらい居候していた。これはこれで楽しかったな。)

そして、こういったつながりの中で本当に優秀な人達に出会い、その時から英語ビジネスを手伝ってもらっています。
今でもずっと頼りにして、最近もすばらしい成果を上げており・・・、私の「運と善意論」をより強固なものとしつつあります。笑

起業家コミュニティでも大いに助けられた時期でした。


私が尊敬する先輩からも「ゆーじはポテンシャルおばけだ」と言われて、なんか嬉しいけど、それってどうやったら形になるんだろう?


とか、『すんごく成功した人達』が登壇するのを遠目に見て、怪しさと憧れが入り混じる感情の中「自分はこうなるんだろうか?なれるんだろうか?なりたいんだろうか?」ということを考え・・・、

人と会うのが楽しく、楽しく悩み抜き、動き続けていました。

そんな中、これまたとある友人から「忙しいから手伝って」と言われたのがきっかけで、厚労省関連のプロジェクトを手伝い始めました。ビジネス的に言えば、BtoBの大口案件をゲットしました。笑

恐らく、私自身が忙しくしていたら決して舞い込むことのなかった案件だったと思います。
なので、私は今でも「社長はフリーでいるべきだ」と考えています。

プロジェクトを手伝う中、産まれて初めて「人を雇う」ということを経験しました。今までも仲間を信じてチームを作り、成果を作るということは別の場所で経験はしていましたが、それを自分の会社で行うという経験は初めてでした。

プロジェクト実行中は日本全国を旅して、半分ホテル住まいを経験し、サラリーマンでは決して手にすることはなかったであろうお金を手にします。


・・・完全な棚ぼたですね。

人を雇い始めると、彼らは勝手に私のことを「偉いシャチョさん」と思うらしい、ということも体感しました。

それはどこか居心地の悪い、しかし一方で気持ちの良い感覚で、あぁーこうやって人は権力に溺れて行くのかな。よほど注意していないと、絶対すぐに裸の王様になってしまうなこれは。と自分に言い聞かせていました。

でも、確かに社長っぽいことをやりはじめ、けた違いの人生経験値やビジネス経験値を手に入れた一年でした。

起業三年目(2018年~2019年)


厚労省関連のプロジェクトの効率化と仕組化に力を入れた一年でした。

こうやって見ると、色々頑張っていたかもしれない。

・・・と言うと聞こえは良いですが、要するにさらに楽をしたかったということですね。笑

採用方式や、採用された側がもっと楽しく仕事するためにはどうしたら良いんだろう?と自然に考えてしまうほど、手伝ってくれた人達は本当に気持ちの良い人が多かったのです。また、週20時間をキープするためには必要な一手でもあったと思います。

また、英語の事業も色んな人の助けを借りた一年でした。


事業の方向性、英語事業のブランディングの刷新、マーケティングの方法論、そして実行と振り返り。
軽井沢でビジネスを展開している人とも出会い、ビジネスについて、さらに地に足をつけた考え方を目の当たりにする機会が増えました。


飲食店や雑貨屋さん、別荘族、ビジネスオーナー、地元の商工会や青年会議所。スポーツの集まり。

軽井沢の雑貨屋さんにて。濃いキャラの人達との会話は楽しすぎる。

「その辺」にいる人達が、ビジネスでは実はとんでもなく成功している。・・・というような人達からも本当に気さくに声をかけていただき、彼らのマインドに触れることができました。

また、ビジネス的なものではなく、本当に美しい生き方をしている人達にも多く出会いました。これらを通して出会った人の生き方や世界観が、実は根源的なものなのかもしれない、と感じる瞬間が多かったように思います。

起業四年目(2019年~2020年)

起業三年目の効率化の一手が効力を発揮し、ずいぶん落ち着いた一年・・・になるはずが、コロナが勃発。
しかしこのことで、ずっとオンライン事業でやり続けていた弊社のビジネスにプチバブルが起こります。

バブルっぽい写真があまりなかった^^;

仕事の総量が増え、新しい制度を作りつつ、新しい人を雇う中、追われるように研修(と呼べないような代物)を行い、なんとか乗り切った。そんな年でした。
ここでは、本当に私がいかに人に恵まれていたか、ということに加え、「他人の能力」にも恵まれていたか、ということを痛感します。


今でもプロジェクトを手伝っていただいていますが、なぜか超・優秀な人がサポートしてくれたのです。
この人達がいなければ本当にしんどかっただろうな・・・、というか回すのは無理だっただろうな・・・。

人生で楽しむとは、どういうことか。ライフワークとは何か。どうすれば本当に、自分も周りの人も、お客さんも楽しみながら多くを得ることができるのか。そういったことも多く考えさせられました。楽しむための合宿なんかもやってみよう!と思って、Go Toに乗っかってやってみたりもしました。

英会話合宿@石垣島


売上は、、起業当初では想像もできないぐらいの売上となりました。

起業五年目(2020年~2021年)

ご経験のある人もいるかもしれませんが、Go Toやら緊急事態宣言やらで、結局動いた方がいいの?じっとしていた方が良いの?というのに振り回されていました。

オンライン事業の効率化と仕組化に取り組み、超・優秀な人達の助けを借りて・・・というよりは、もはやその人達主導で全てが回り出したという。

研修の計画、資料作り、実行、チームマネージメントも全てやってもらった・・・さすが元某ホテル人事担当者。


なんと言えば良いのか・・・、いや、マジで感謝しかないのですが、本当に回っているのが不思議?というか、こんなにうまく回って良いの?というか。。。もちろん、この人達が、全てのひずみを吸収してくれているのでストレスもそこに集まってしまっているんじゃないかと心配なのですが、面談をしてもあまりそういう話もなく。。

ヤバい。これは裸の王様の兆しなんじゃないだろうか。

と、少しびくついていた一年だったかもしれません。。^^;

思い当たりがある方、「裸の王様になって欲しくないから、言いますね。」という前置きと共に、こっそりと助言をいただけるとありがたいです。


・・・裸の王様の起業家もちらほら知り合いにいますし。

しかし、この状態のおかげで、新しい事業、そして新しいコラボ等に乗り出すことができました。

今年の始め、どの方向に進むか未だに迷走する中、色んな縁があって、本当に素晴らしい著名な起業家さんと出会うことができ、そしてなんと彼と一緒に仕事をする機会までいただけたのです。

その流れから、厚労省関連プロジェクトと、英語のビジネスの他に、マネタイズと仕組化を広める事業に向けて進みだしました。今から半年ほど前ですね。

マネタイズ合宿@軽井沢

自分をサポートする優秀なバックアップがいて、そしてその背景があるからこそいただけた案件。
その中で、自分の才能とは何か?それを活かす方法とは何か?について、おぼろげに仮説めいたものが、ここ半年で明確に浮き出て来たように思います。

気づけば、英語のビジネスもなんだかんだで売上を伸ばしており、今後どのようにしてこの事業を継続させていくのがベストかを考えています。


厚労省関連も、英語も、マネタイズも、仕組化も、本当に楽しくて優秀な人たちと一緒にビジネスをすることができる。

売上は、起業家としてはスタートラインに立てたかも。と思うレベル。でも自分の実力じゃないんだよな。^^;

・・・書きながら思ったのですが


「社史」って感じじゃないですなこりゃ。笑

「なんだかんだ人に助けられた歴史」だと思いました。

そして、やっぱり「私は運と人の善意のおかげででうまくやっている」という結論は、変わりそうにないですね。笑

そして、それはめっちゃハッピーな人生だとも思います。^^

みなさん、今後も助けてくださいねー!

私も頑張るんで!

何を頑張るって?

身を粉にして働く・・・のではなく、価値提供しながら楽しく生きて行くことです!笑

今後もよろしくお願いいたします!!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です